2007年02月12日

愛の流刑地/矢原加奈子

愛である。

愛とはなにか。

愛、それは甘かったり強かったり
気高かったりするものであるようだけれど、一粒300円とか
400円の、栗ぐらいの大きさしかないチョコレートも
これに匹敵するのではないかと思い、ヴァレンタインデーの深さを
知るのである。

しかしながら私はヴァレンタインデーは大いに反対派だ。

かつて私は聖飢魔Uの信者であったので(今も好きだが)
ヴァレンタインデーやクリスマスは普通の日として過ごし
コンサートやライブの事はミサと呼び、衣装の事を戦闘服と言い
ファンの集いならぬ信者の集いに参加し
デーモン小暮閣下は今年で10万45歳なのである。

ちなみに閣下が最近発売したソロアルバム「GIRL’SROCK」は
メチャメチャお勧めである。
80年代に流行った女性ボーカルの曲を
カバーしてあるものなのであるけれども、
どれもこれも懐かしく、どれもこれもうまい!
今、うちでヘビーローテーションで流れている一枚である。

閣下は帰国子女な為、英語が達者で発音が美しい。
私の好きなポイントは「翼の折れたエンジェル」

♪ドライバーズ シートまで・・・

のドライがジュライ、シートはシィート・・・
うーん、文字では表しにくい事が判明。
とにかく聞いてみるべし。

話はそれたがヴァレンタインデーになるといつもの売り場が突然
バレンタイン特設会場とかになっており、それは往々にして入り口に
近い場所を占拠してあるので、目的の買い物が出来ない上に
女!邪魔だぞ!なのである。
こちとら急いで買い物せにゃならんので、好きな人の事を考えながら
チョコ選びなんかしている暇があったら、そんな羨ましい状況を
少し私にも分けてくださいな、なのである。

さて何の話かといえば愛であった。

一言で愛と言ってもその実態は
なんだか分からないのが正直な所である。

正確に言えば
分かるけど分からない。
分からないけど分かるが正しい。

その位未知なものであり、しかし確かなものなのである。

テーマとしては大きすぎる「愛」。
にもかかわらずその後に「流刑地」と来ているから
こいつは一体どういう事でぃ!と
江戸っ子気取りで映画「愛の流刑地」を観に行った。

かれこれ12年前。
友人に進められた美容室でクルクルパーマをかけた事がある。
宇宙飛行士の様な金魚蜂の様なモノをかぶっている時
「負け犬の遠吠え」で今や誰もがご存知、酒井順子さんが
渡辺淳一さんの「メトレス」という本を絶賛していた。

どう絶賛していたのか。
小さい事は気にしない大らかで気前の良い私が覚えているはずはなく
しかし進められれば疑う事なく真っ直ぐに受け止める素直な私であるので
クルクルパーマ頭のまま、真っ直ぐ書店に向ったのである。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれないが「メトレス」は
映画にもなった本で、私は今も事あるごとにこの本を読む。

渡辺淳一さんの本は基本的に、してはいけないと分かっている恋に
ズブズブとはまっていってしまう話が多い。
そのはまっていってしまうまでの機微の表現が秀逸。
作者は男性なのにどうして女性の気持ちをここまで分かるのだろう。
そうそう、こんな時ってこう思うわよね。
かゆいところに手が届き、女性の気持ちを手に取って
見せてくれる表現に悶えた。

はまった。

恐るべし、渡辺淳一。

それから一時期彼の本を読み漁り、今回も原作を読んでから映画を
見ようと思っていたが、そんな悠長な事を言っている間に
ロードショーが終わると知ったので急いで観に行ったのである。

映画館はおばちゃんが多かった。
しかも一人で来ている。

全てを捨て、愛欲に溺れられなかった、そして溺れたかった自分を
そこに反映したいのか。
あるいは同じ様な経験を思い出したい為なのか。

などと思わせるようなおばちゃんではなく、バリバリとなんやら
音を立てて食べていたり、容赦なく鼻をかんでいてうるさいぞ。

映画が始まる寸前に私はトイレに行きたくなった。
予告編だから今抜ければ間に合うかもしれない。
しかし今やっている予告が最後だったら
映画の最初を見逃す事になるではないか。
最初が肝心である。
どうしたもんか。
あいにく私の左隣の隣におばちゃんが、右隣には若いカップルが座っており、
前を通って行くには忍びない。

トイレ、始まる前に行っとけよ

と、私なら思う。

いつもなら利尿作用には負けないのに、今日はどうした事か。
いやいやだから、トイレに行きたいと思うのは気のせいに違いない。
そうだ、そうに違いない。
トイレなんかちっとも行きたくないぞ。
ほら全然行きたくなくなった。
めでたしめでたし。

などと思っている間にも予告編が流れ、
行きたいトイレに行くチャンスを逃がしてしまったのだ。
しかしこの調子だと、あと2つくらいは予告があると思われ、
今がチャンスだとばかりに席を立った瞬間
場内が真っ暗になり本編が始まってしまったのである。

なんて事だ。ゼウスの仕業であろうか。(聖飢魔U信者のみ理解)しかし大丈夫。
私はトイレに行きたいと思った瞬間から
最大3時間は我慢出来る器の大きな女である。
オリンピックに、「女子トイレの我慢」という種目があれば
金メダルをもらう自信もあるぞ。
私は出来る、私はやれる。
そう励まし、トイレは諦め、映画に没頭する事にした。

冒頭シーンは激しいセックスシーンであった。
ほら、良かった、トイレに行かんで。
更に冒頭だけでなくセックスシーンは要所要所に出てきた。

人は皆こんな時、どんな気持ちで観ているのか。

私はドキドキというか、ムラムラというか羨ましいというか
私が寺島しのぶになりたいというか、もし私だったら演技でここまで
出来るであろうか、いやきっと本気でやらないと出来ないかもしれない
やってみたい、やれるであろうか、そいうえば最近とんとご無沙汰で・・・
などと、妄想と現実が行ったり来たりして忙しい。

おや、何だかムズムズし始めたぞ。
もちろん下半身が。

しかしこれはトイレに行きたいからなのか、ムラムラしたからなのか
それはよく分からないし、きっと両方そうであって相乗効果が
産んだたまものなのではないかと
意味はないが分析してみたのであった。

上演時間125分。

エンドロールもキチンと観て、場内に明かりがつくや否や席を立ち
向う先はもちろんトイレである。

良くがんばった。
自分にも他人にも褒めてもらいたい思いだが、今は一刻も早く
出すものを出し、清々しい気持ちで一杯になりたい。

だが早くも女性トイレは長蛇の列である。

やっと自分が一番前になり、一つの扉が空いた。
すぐさまその扉の前に行き、中からおばちゃんが出てくるのを
待たずに入ろうとした。
がしかし、私は入るのをためらってしまった。

おばちゃん・・・流してないで。

私の戸惑いにおばちゃんはハッとし、自分の失態に気が付き
再び扉を閉めてしまった。

扉の前で呆然と立ち尽くす私。

背後では、私の後ろに並んでいた人が次々と空いたトイレに入ってゆく。
もう戻れない。
この扉が開くまで、尿意を我慢する事を余儀なくされた私は
愛の流刑地の感動などすっ飛んでしまった。

それだけならまだしも、便器の中の琥珀色の液体の中に
ポッカリ浮かんでいたティッシュの塊の残像が頭から離れず、いつしか

「流刑地ってあんな感じなのかな。」

などと今日見た映画を自らの手で台無しにしてしまったのである。

「トイレは映画が始まる前に。」

強く心に誓った。
posted by セクシー寄席 at 18:35| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 【セクシー寄席のエッセイ2007】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ライヴお疲れ様です!…愛!…素敵…!愛は大事であ〜ん(≧▽≦)お互いムラムラしましょ…嫌…愛をみつけましょうo(^-^)o
Posted by ハブ at 2007年02月16日 01:42
愛・・・
なかなか見つかりませんねぇ・・・
探しても探しても見つからないので
探すのを止めたら見つかるのではないかという
「夢の中へ」方式をふんだんに取り入れたところ
愛とはまったく関わりあいのない生活に
なってしまった・・・
一筋縄ではいかないぜ!
そうは思いませんか、ハブさん!
Posted by やばら at 2007年02月23日 18:16
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