毎年、年越しをどこでそして誰とするのかというのは
私にとって非常に大事な事である。
クリスマスイブに誰と過ごすのかはさほど問題ではない。
日本人たるやクリスマスごときで浮かれてはいけない。
一人で普通の日として過ごせばよいのである。
彼氏がいないからひがんでいるわけではないぞ、念の為。
とにかくおおみそかは私にとって一年の中で大切な時間の一つなのである。
今年はなんとカンボジアのホテルであった。
バイト先の院長先生と奥様、そして患者さん達と
ホテルの部屋から見える花火に狂喜乱舞していたのである。
おぉ、なんとぜいたくな大晦日だ。
貧乏人とは思えないリッチなスチュエーションではないか。
しかしながら花火を見る為に全開にした窓から入って来た蚊にアゴと首筋など
五か所を噛まれバリバリとあちこちをかきむしる格好になるのである。
そしていつまでも痒さはおさまらず、眠れぬまま初日の出を観に
アンコールワットまで出かけたのであった。
さて、カンボジアの話は遺跡巡りもさることながらいろいろあるので
またの機会にする。
なんといってもミャンマーの話が終わっていないのだ。
つまり私の下痢がこのブログ上ではまだ止まっていないのである。
誠にご愁傷様であるので続きを書くことにする。
下痢と熱と母親がレズ宣言する夢と闘う長い夜があけ
すがすがしい朝がやってきた。
部屋の中は男と女がお互いの体を求め合い脱ぎ散らかしたTシャツが散乱している。
とかだったらこのブログがもう少し色鮮やかなものになっていくのだが
実際は汗をかいては着替えた私のTシャツがあちらこちらに散乱しているのである。
飲んで空になったペットボトルもころがっていて色気もくそもない。
くそはないが、私は下痢であり今朝も鳥がうるさい。
うるさいけれど、どうやら峠は越えたようである。
今日の出発は9時。
フロントでチェックアウトをすませる。
歯垢チェックをしているのかと思うくらいドス赤い歯のフロントのおじさんが
朝飯はあっちだよという。
私がいらないというとフロントのカウンターから出てきて、なぜだ
なぜなんだと問いただすではないか。
英語で下痢はなんと言うのかよくわからなかったので、ノーサンキューを連呼した。
なぜこんなに必死になって聞くのかというと、この国は朝飯一番なのである。
「朝ごはん食べた?」があいさつになっているほどである。
確かにこんなに暑ければ、ごはんを食べておかないと生死にかかわるのである。
しかしどうであれ私は今、何も食べる気にならない。
食べたくないのである。
食べたくないのだけれど薬を飲む為に何かを食べなければならない。
ミャンマーの子供に日本のお菓子をあげようと成田で買ったチーズリッツミニサイズを
無理やり口の中にねじ込む。
食べる事がこんなに辛くて嫌だった事があったであろうか。
いやない。(反語)
下痢は峠は越えたものの気を許せばジョンジョロ隊がケツの穴から出動するのである。
ここは薬を飲んだし、グイッと力を入れればなんとかなるであろう。
なんといても今日は私の見たかった巨大仏を見に行くのだ。
ボディ・タタウンという村にある巨大仏。
シュエターリャウンという寝仏は111m、そしてその後ろにそびえ立つ
レーチョン・サチャー・ムニという覚える事も発音する事も難しい立像はなんと
176mであると日本で読んだ仏像の本には書いてあった。
なんとそれは2007年に完成予定なのだ。
ネットで見てもその状態は誰もアップしておらず、最新情報を発信出来る日本人は
私一人だけなのではないだろうか。
考えただけでゾワゾワする。
巨大仏は巨大なだけで武者震いである。
ここで気をつけなければならないのは、武者震いついでに緩んではいけない穴が
緩んではいけないという事である。
気をつけながら車に揺られる事30分
遠くにドーンと出てくる人影を発見した。
「で、でた〜!」
気が付くと思わず日本語で叫んでいた。
ゾーゾーもこれにはちょっと笑っていたっけ。
前にも書いたが、巨大仏で一番興奮するのは遠くに見えた瞬間である。
遠いのに近い。
なんだこりゃ、という感じにびっくりする。
そう、私はびっくりしたいのである。
びっくりしたいが為にミャンマーまでやって来てしまった私にもびっくりするが
とにかく私の念願だった仏像との対面は無事に終わったのである。
さてそれでは皆さんにも見ていただきたく、写真を載せる事にする。
見よ!センターにニョッキリ立っている不気味な物体。
これがレーチョン・サチャー・ムニである。
写真を見るだけで発狂出来るほど巨大仏は力がある。
というかなぜにこんなデカイものを造るのかという人の心理にも興味がわく。
丘の登り口。
ここがあの世でない事を祈った瞬間である。
隣のバゴダに登って全貌を眺める。
なんとも不思議な絵である。
いつまでも眺めていたい100景があれば上位に食い込むこと必至。
寝仏の近くまで行ってみる。
下にチョコンと黒い塊があるが、これは人である。
寝仏の大きさが比較できるであろう。
足もとはペテキュアでおしゃれである。
後姿は何だかいろっぽい。
誘われている感じがいなめない。
どどーん!
レーチョン・サチャー・ムニ。
後光が射して神秘的なその姿。
しかしその顔の表情はちょいと間抜けである。
見ておわかりのように完成はまだであった。
組んでいる足場はすべて竹である。
これをヒョイヒョイと上がって行くたくましさにしびれた。
裏側はこんな感じ。
まだ色塗りが完成していない。
写真をうーんと拡大すると上の方で色を塗っている人が見える。
ちなみに
日本に帰って、地球の歩き方をみるとこの立像は台座をあわせて129.2mと書いてあった。
なんだ、全然違うではないか。
現場では比較対照物が周りに何もないし、働いている人に聞いても
400フィートというだけで、大きさにこだわっている人は誰もいなかった。
丘に登る道の脇には僧達が行列を作っている。
壊れているのもあって夜には会いたくない。
ミャンマーの話題に何度も出てきているゾーゾーは彼である。
ミャンマービールを下痢で飲めず喰えずの私にはおかまいなしに飲む。
ミャンマーでは飲酒運転は違反ではない。
アルコールは暑さですぐに吹っ飛んでしまう。
少しは食べないとと思い、車の中でおかゆの説明をゾーゾーにした。
するとゾーゾーがオーダーしてくれたのだが、出てきたのはこれ。
おかゆはあるのだが、この店にはないと。
似たようなものだとこれですと出てきたものがこれ。
あったかいそうめんみたいなもので、名前はニュースワン。
これが死ぬほどうまかった。
しかしながらがんばって食べても3口で残してしまった。
大仏見学が終わりヤンゴンに帰る事にする。
今日はその途中のタウングーまで。
ミャンマーは雨季で途中から大雨。
更に雷がものすごい事になって来た。
道の周りには木しかなく、後は畑が一面に広がっているだけである。
カミナリ、落ちるのではないか。
デカイものは好きだけれど、デカイ音は大の苦手である。
カミナリの音にビビッて縮こまっている私をゾーゾーは笑う。
しかしその直後、200mくらい先にどーんと落ちた瞬間にキャーと
シートから飛び上がるではないか。
その後はスピードをうんと緩め、耳をふさぎ肘で運転する始末。
その後、雨が激しすぎてフロントガラスが雨一面で前が見えなくなったので
町の食堂で一服しようというゾーゾーの提案。
カミナリ、相当怖かったのだろう。
クールな人だと思ったがかわいい一面を見たのである。
木々が雨でジャンジャン倒れ、行く手を阻まれる。
すぐさま村人が出てきて、倒れた木を撤去しはじめた。
本当に働き者である。
この辺は雨が降ると川が氾濫して水浸しになるという。
ゾーゾーはこの事を日本語で”ツナミ”と言うんだろうと得意気に私に言った。
つづく
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